「相続税が下がる」の見出しに要注意 ─ 非上場株式評価、60年ぶり見直しで事業承継はどう変わるか
カテゴリ:事業承継
2026年8月20日、日本経済新聞にこんな見出しが載りました。
「非上場株の評価、新ルール案。中小・零細で相続税減」
自社株の相続税評価が下がる――事業承継の一番の壁が低くなる、良いニュースのように読めます。
しかし、中身を読み込むと、話はそう単純ではありません。
「相続税が下がる」のは、規模の小さい会社の話です。
内部留保をしっかり積み上げてきた会社、自社株の評価がもともと重いオーナー経営者にとっては、逆に大きな増税になる可能性があります。
本記事では、国税庁の有識者会議の一次資料まで確認した上で、今回の見直しの中身と、建設業のオーナー経営者が今どう考えるべきかを整理します。
何が起きているのか
国税庁は2026年4月、「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」を設置しました。
目的は、約60年間変わっていない非上場株式(自社株)の相続税評価のルールを見直すことです。
きっかけは、会計検査院が2024年11月の決算検査報告で指摘した内容でした。
現行の評価方式には主に3つの方式があり、似たような会社でも、どの方式が適用されるかによって評価額に約4倍近い差が出てしまう――これは公平性の観点から問題だ、という指摘です。
今回の見直しのポイント
会社規模などによって評価額に大きな差が出る現在の仕組みを見直し、より統一的な考え方で非上場株式を評価しようという動きです。
国税庁が示した新ルール案
これを受けて国税庁が示した新ルール案が、次の計算式です。
(簿価純資産 + 残余利益 × 5年分)
× 一定の係数
ざっくり言えば、「決算書に載っている純資産」と「ここ数年の稼ぐ力」の2つを見て評価するという考え方です。
現行制度で使われている「類似業種比準方式」、つまり上場企業の株価などを参考に自社株を評価する方式は、廃止される方向で議論されています。
ただし、まだ何も確定していません
国税庁自身、有識者会議の場で「類似業種比準方式を廃止すると現時点で決定しているわけではない」としています。計算式の係数も未定です。
現時点では、2026年秋ごろに方向性が示され、年末の税制改正で調整される見込みという段階です。
会社によって、結果は真逆になる
日本経済新聞は、税理士法人の協力を得て、実際にいくつかの会社で試算を行っています。
新ルールの係数はまだ決まっていないため「0.7」と仮定した試算ですが、その結果を見ると、今回の見直しの本当の姿がよく分かります。
| 想定会社 | 現ルール | 新ルール案 |
|---|---|---|
| 塗装業 売上1億円・利益840万円 純資産8,600万円・従業員7人 |
460万円 | 330万円 (減税) |
| 工事業 売上17億円・利益2,900万円 純資産4.9億円・従業員8人 |
1,100万円 | 9,300万円 (8.6倍) |
同じ「非上場の建設業」でも、これだけ結果が違います。
評価が下がる可能性
規模の小さい会社では、新ルールによって評価額や相続税が下がる可能性があります。
評価が上がる可能性
内部留保が厚く、それなりの利益を出している会社では、評価額が大きく上がる可能性があります。
これは決して特殊な会社だけの話ではありません。
長年しっかり利益を出し、無理な借金をせず、真面目に内部留保を積み上げてきた会社ほど、今回の見直しの影響を受けやすい構造になっています。
「非上場株の相続税が下がる」という見出しだけで判断しないこと
自社が減税になるのか、逆に評価額が上がるのかは、会社の規模、純資産、利益などによって大きく異なります。
なぜ、こういう見直しになるのか
現行の評価方式、特に類似業種比準方式が低めの評価額になりやすいのは、偶然ではありません。
国税庁自身が過去の国会答弁で、「中小企業の事業承継への配慮から、この評価方法を採用している」と説明してきた経緯があります。
つまり、本来「時価を測るものさし」であるべき評価のルールに、事業承継を支援するという政策目的が組み込まれてきたわけです。
その一方で、この評価の余白を利用した行き過ぎた節税スキームも生まれてきました。
今回の見直しは、単なる計算式の変更ではありません
「評価そのものに事業承継への配慮を入れる」という考え方から、「評価は評価として公平に行い、事業承継への支援は別の制度で行う」という方向への転換が背景にある可能性があります。
「行き過ぎた節税」への対応という側面も
今回の見直しの背景には、評価方法の公平性だけでなく、非上場株式を使った行き過ぎた節税への対応という側面もあります。
非上場株式は、上場株式のように市場価格がありません。そのため、税務上のルールに基づいて評価額を算定します。
その評価方法によって実際の企業価値よりも低い評価額になるケースがあることを利用し、相続税を圧縮するようなスキームも存在してきました。
制度の本来の目的と、節税への利用をどう切り分けるか
中小企業の円滑な事業承継には配慮しながら、一方で、評価制度を利用した過度な節税は防ぐ。このバランスをどう取るかが、今回の見直しの大きな論点です。
ドイツでも同じような制度変更が起きている
実は、同じような問題は海外でも起きています。
ドイツでは2009年、それまで非上場株式を低く評価していた制度を廃止し、評価を時価に近づける方向へ変更しました。
その代わりに、事業承継を支援するための税制優遇を拡充しています。
つまり、「株価の評価そのものを低くする」のではなく、「株価は適正に評価し、そのうえで事業承継を支援する」という考え方です。
日本も同じ方向へ進む可能性があります
自社株評価のルールはより公平なものに見直し、事業承継への配慮は「事業承継税制」など別の制度で行う。今回の議論からは、そうした方向性も見えてきます。
では「事業承継税制を使えばいい」のか
ここで出てくるのが、事業承継税制です。
自社株の評価額が高くなっても、事業承継税制を使えば、一定の要件のもとで贈与税や相続税の納税猶予・免除を受けることができます。
それなら、「自社株の評価額が上がっても、事業承継税制を使えば問題ないのではないか」と思うかもしれません。
しかし、現場ではそう単純ではありません。
事業承継税制には、厳しい要件がある
事業承継税制は非常に強力な制度ですが、適用を受けるためには細かな要件があります。
さらに、制度を利用した後も、一定の条件を満たし続ける必要があります。
将来、条件を満たせなくなれば、猶予されていた税金を納めなければならなくなる可能性もあります。
「税金がゼロになる制度」とだけ考えるのは危険です
事業承継税制を利用する場合は、適用時だけでなく、その後の会社経営や株式の保有まで含めて考える必要があります。
「継がせたいのに、ますます継がせられない」
私が今回の見直しで一番危惧しているのは、ここです。
中小企業、とくに建設業では、後継者不足がすでに大きな問題になっています。
ようやく「息子が継いでくれる」「社員が後継者になってくれる」となっても、自社株の評価額が高すぎれば、今度は税負担が承継の壁になります。
もし今回の見直しによって、内部留保を積み上げてきた会社の株価が大きく上がるのであれば、その壁はさらに高くなります。
真面目に経営してきた会社ほど、承継しにくくなる可能性があります
利益を出し、内部留保を積み、財務体質を強くしてきた。その結果として自社株評価が上がり、後継者へ株を渡しにくくなるのであれば、事業承継という観点では大きな問題です。
「事業承継を進めたい」という政策と、「非上場株式をより時価に近い形で評価したい」という政策。
この2つをどう両立させるのかが、これから非常に重要になってきます。
いま経営者がやるべきことは「現在地の確認」
では、まだ制度が決まっていない今、経営者は何をすればよいのでしょうか。
今すぐ慌てて株を贈与したり、大きな対策を実行したりする必要はありません。
まずやるべきことは、「自社株が現在いくらなのか」を確認することです。
現行ルールでの自社株評価を確認する
まず、自社株が現在どのくらいの評価額になっているのかを把握します。自社株の評価を一度もしたことがない会社は、ここから始める必要があります。
新ルールになった場合の影響を想定する
新しい評価方法はまだ確定していませんが、純資産が厚い会社、利益をしっかり出している会社は、評価額が上がる可能性を意識しておく必要があります。
事業承継の時期と方法を整理する
親族承継なのか、社内承継なのか、M&Aなのか。誰に、いつ、どのように会社を引き継ぐのかによって、必要な自社株対策は変わります。
制度が確定してから考えるのではなく、今のうちに現在地を把握しておく
そうすれば、正式な制度内容が出たときに、「自社にはどのくらい影響するのか」「いつ動くべきなのか」を具体的に判断できます。
まとめ――「うちは大丈夫」と決めつけず、まず確認を
非上場株式の評価ルールは、約60年ぶりの大きな見直しに向けて動き始めています。
報道では「中小・零細企業の相続税が下がる」という面が注目されていますが、すべての会社にとって減税になるわけではありません。
とくに、長年利益を出し、内部留保を積み上げてきた会社では、自社株の評価額がこれまでより大きく上がる可能性があります。
そして、自社株評価が上がれば、親族への事業承継に伴う相続税・贈与税の負担にも影響します。
今必要なのは、「制度が決まるまで待つ」ことではなく、「自社の現在地を知っておく」ことです。
現在の自社株評価を把握し、事業承継をいつ、誰に、どのような方法で行うのか。今のうちから整理しておけば、新しいルールが固まったときにも冷静に判断できます。
制度の詳細が見えてきた段階で、あらためてこのブログでもお伝えしていきます。
「うちはまだ事業承継なんて先だから」と思っている経営者の方も、まず一度、自社株がいくらになっているのかだけは確認しておくことをおすすめします。
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よくある質問(FAQ)
Q. 非上場株式の評価ルールは、いつ変わるのですか?
A. 現時点では新しい評価方法は確定していません。国税庁の有識者会議で検討が進められている段階で、2026年秋ごろに方向性が示され、年末の税制改正で調整される見込みです。
Q. 新しいルールになると、自社株の相続税は下がるのでしょうか?
A. すべての会社で下がるわけではありません。規模の小さい会社では評価額が下がる可能性がある一方、内部留保が厚く、利益をしっかり出している会社では、逆に自社株評価が大きく上がる可能性があります。
Q. 類似業種比準方式は廃止されるのですか?
A. 廃止する方向で議論されていますが、現時点で決定したわけではありません。国税庁も有識者会議で、類似業種比準方式の廃止を現時点で決定しているわけではないとしています。
Q. 自社株評価が上がっても、事業承継税制を使えば問題ありませんか?
A. 事業承継税制を利用すれば、一定の要件のもとで贈与税・相続税の納税猶予や免除を受けられます。ただし、適用には要件があり、その後も一定の条件を満たす必要があります。「使えば必ず解決する制度」ではないため、自社の承継計画と合わせて検討することが重要です。
Q. 制度がまだ決まっていない今、何をしておけばよいですか?
A. まずは現行ルールでの自社株評価を確認しておくことです。そのうえで、後継者、承継時期、株主構成などを整理しておけば、新しい制度の内容が確定した際に、自社への影響を判断しやすくなります。
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この記事の著者
岡田 聡(おかだ さとし)
株式会社シードコンサルティング 代表取締役
建設・リフォーム業界の中小企業に特化した財務・事業承継・M&Aコンサルティングの専門家。20年以上にわたり500社超の建設業経営者を支援し、100件以上の事業承継案件を手がける。YouTube「建設業支援TV〜お金のミカタ〜」で業界の経営ノウハウを発信中。株式会社シードコンサルティングは認定経営革新等支援機関の認定を受けている。日本経営士協会 経営士、相続事業承継コンサルティング協会 エグゼクティブコンサルタント。
※本記事は一般的な情報提供を目的として作成しており、個別の税務・法務判断を保証するものではありません。また、記事内で紹介している非上場株式の新しい評価方法は、現時点では検討段階であり、最終的な制度内容は今後変更される可能性があります。自社株評価、相続・贈与、事業承継税制等について具体的な判断を行う際は、税理士等の専門家へご相談ください。
